スコラ・カントールムでのバッハ体験


齊藤義雄

このエッセイは、2000年3月にスコラ・カントールムがバッハの《ヨハネ受難曲》を演奏するにあたって、その直前に書かれたものです。《ヨハネ受難曲》がどのような結果で終わり、私たちにどのような影響をもたらしたのかについては、いずれ別にまとめる機会もあろうかと思います。


現在までにスコラ・カントールム(以下スコラ)の演奏会でとりあげたバッハの曲を一覧にするとこんな感じになります。

●第4回定期演奏会(1995年3月)
  カンタータ106番「神の時は最上の時」
●第5回定期演奏会(1996年3月)
  モテット第3番「イエスはわが喜び」
●特別演奏会「バッハのカンタータ」(1996年8月)
 カンタータ182番「天の王よ、よくぞ来ませり」  カンタータ22番「汝まことの神にしてダヴィデの子よ」  カンタータ161番「来れ、汝甘き死の時よ」  カンタータ39番「飢えたるものに汝のパンを分かち与えよ」
●第9回定期演奏会(2000年3月20日)
  ヨハネ受難曲

スコラの10年に及ぼうとする歴史の中で、この曲数は多いのでしょうか、それとも少ないのでしょうか。それはそうとして、かなり集中した時期に取り上げているのが分かります。それでまたしばらく期間が空いて、今回のヨハネ受難曲が登場することになる。私がスコラの歌い手として体験してきたバッハについて、思うところを書いてみました。以下曲ごとの私のおしゃべりにお付き合いください。

☆カンタータ106番「神の時は最上の時」☆

カンタータ106番は、私がはじめて歌ったバッハでした。この曲は、楽章というか、曲を構成するそれぞれの部分が連続した気分を持っています。詩句に沿った物語風の展開に魅かれましたね。和声や音型がどんな意味を持っているのかを丁寧に解明していく練習はとても興味深いものでした。「約束された死」とか「喜悦に満ちた生」とかいう歌詞が、それにふさわしい音型とぴったりと寄り添って流れていくのに身を浸し、すばらしく感じました。反面、いろいろ音楽を縛る要素が多いなあとも思いました。
バッハのカンタータは音楽学的な研究が最も熱心に進められている分野で、現在も若い学徒をひきつけてやまない魅力あるジャンルのようです。研究の成果をどこまで反映させていくのかは演奏家のポリシーにも拠るのでしょうが、私のようなノンポリ歌い手にとっては細かな約束事が多くなるとちょっと大変です。古楽器と共演するときはピッチが低く取られ、最初のうち私は、スコアより低く鳴り響く音に非常な違和感を感じ、ともかく慣れるように努力したものです。この曲の場合合唱は問題はなかったが、リコーダーが低いピッチの楽器で合わせなければならなかったようです。ともあれ最後のフーガを歌っているともう頭の中はすべて音楽でいっぱいでとても気持ちがいい、バッハに感謝しつつ「アーメン」。

☆モテット第3番「イエスはわが喜び」☆

モテット3番は、スコラ結成以来の大きな目標であったと聞いています。この曲を演奏できるような実力を涵養して演奏会に臨む、その意味で6年目に満を持してとりあげたステージでは熱のこもった演奏になりました。
不勉強な私は知らなかったのですが、この曲にもバッハが意味を込めた象徴的な音型が随所に散らばっていて、練習では106番の時と同様それを把握した上で歌うことを求められました。それまで私の知っていたバッハのモテットは、たとえばレーゲンスブルグ大聖堂合唱団のロマンチックで重厚(かつ細部にこだわらない)な感じの演奏で、一般の合唱団のコンサートで聴く場合でもそのイメージはおおむね保たれていました。たとえば私が指揮を習った伊藤栄一先生も、ロマン派的なテンポ・フレージングで演奏していました。ここでロマン派的というのは、つまりモーツァルトのミサ曲やブラームスの合唱曲を演奏するときと同じように音を作ったり表現したりする、バッハといって身構えたり特別なことをやったりしないという意味で言っています。
スコラのモテット3番は、そんなイメージとは異なるものでした。
私はバッハの器楽作品が好きでいろいろ聴いたり弾いたりしていたのですが、このジャンルは古楽器による演奏の登場で積年の埃が一掃されたように、いっそう私にとって魅力を増しました。ところが声楽となると、どうもしっくりこない。ソロでも合唱でも「研究の成果を反映した」演奏はつまらなく感じられました。これがトレンド、というカンタータの演奏を聴いても、楽器はすばらしい響きを立てているのに歌はなんか芯のない変な感じ、古楽唱法なるものには暗い私の独断ですが、歌は楽器のようなアプローチではうまくいかない!のじゃないかなと思います。
スコラの人たちはアマチュアとしてとてもいい歌い手が揃っていますが、曲の様式にふさわしい声の出し方について専門的に勉強した人は少ないのでしょう。自分の持つベストの声(=ベル・カント)で、メンデルスゾーンや邦人曲を歌うようにモテット3番を歌い、指揮者の野中氏や共演した器楽の方々の古楽的アプローチとせめぎあって、結果としてスタイリッシュでかつ情熱的な演奏ができたのかな、と思います。いいバランスでした。

☆カンタータもろもろ (特別演奏会)☆

カンタータ、どれも大変に難しかった。アマチュアの合唱団としてバッハのカンタータ演奏はひとつの試練であることを実感しました。たゆまず動き続ける音の群れ、細かい音程で、またあるときは幅広い跳躍で、それらが全体として隙のない調和の中に流れていく。これを過不足なく実現するためには、ある意味メカニックな鍛錬が欠かせない。演奏会としては共演者にも恵まれ大成功であったし、スコラのキャリアとしてもエポックメーキングなステージであったと言えるでしょう。ただ団員のなかには「こんなにバッハばかりだと・・・」という声が聞かれたのも事実でした。

バッハにうんざりする?なんて、とても贅沢な経験です。私などは「ちょっと疲れたけど、やっぱりバッハはいいねえ」と思っているクチなのですが。でもたしかにバッハは演奏するのにやたら骨が折れるということはあるでしょう。同じことを表現するのに、無用の複雑さが求められると言ったら語弊があるかな。日本人って、「古池や・・・」ではないけれど言少なくして多くを伝えるのが美意識としてあるから、過度の表現や押し付けがましさを嫌うところがあるのかもしれません。

そういえばピアノ練習の教材としても、バッハの音楽は有用であるわけで、練習が進んでバッハの曲になったとたんピアノが嫌いになった子供は多くいるんじゃないかな。バッハは子供のご機嫌なんてとらないから。彼の音楽は演奏者にとても多くのことを要求する、その中でメカニックはまず最初に立ちふさがる壁で、そこを乗り越えないと次に進めないわけです。合唱も同様で、複雑な音型をきちんと歌えないとバッハで何か表現する域にまで達することが出来ない。合唱の楽しみに「ハーモニーに身を浸す」ことがありますが、バッハはなかなかハモらせてはくれません。彼は言います「その前にやることがあるのではないのですか」。バッハは大人の機嫌もとらない。

安易な表現者を受け付けない彼の音楽の特性は、別に合唱に限ったことではなく彼の残した全てのジャンルの曲について当てはまります。バッハの音楽には「人を拒む」一面があるようです。が、そこでへこたれてへそを曲げていては先に進めません。バッハの先に待っているものは、なにもバッハだけではなく、その後に綿々と続くクラシックの花園です。モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスなど、彼らの音楽は根っこのところでバッハからエッセンスを引き継いでいます。ドビュッシー、ラヴェル、プーランクについても同じで、おおよそ調性のあるところバッハの威光は及ぶのであります。シェーンベルグ、ウェーベルンはちょっとね、でも対位法の大家としてやはりバッハは彼らに寄与しています。

バッハを歌うことは、歌手としての技量を上げるために努力することでもあり、困難を克服するために練習しながら、自分の声を徐々にうまく操れるようになっていくのを感じるときは、本当にハッピーな気持ちになります。コールユーブンゲンやパノフカなんかを練習するより、ずっと内容の濃いエチュードです。やらない手は、ないでしょう?

☆ヨハネ受難曲☆

つらつらと書いてきましたが、このたびのヨハネはどんな演奏になるのでしょうか。大曲を前に、指揮者および団員の気構えも並ならぬものがあります。私は、モテット3番の最後のところに書いたような傾向の演奏になるのではないかと思っています。しかし、声楽ソロ、器楽陣、指揮者、合唱団と、音楽を構成するファクターが多様であり、そのためにどのような特性が発揮されていくのかはまだまだはかりかねるところはあります。
受難曲では、バッハではないのですが、スコラには過去にシュッツ(ヨハネ・マタイ)を演奏し、好評を持って迎えられた経緯があります。器楽との共演という点では、ヘンデルの「主は言われた(Dixit Dominus)」をバロック・オーケストラと共に歌ったこともあります。指揮の野中氏と団員30名余にとって、こうした経験がヨハネでもきっと活きることでしょう。結成以来10年、スコラカントールムはもうすぐひとつの里程標を築こうとしています。

ご来場くださるお客様とともに充実した時間が過ごせますように。

[2000年3月、2001年8月、再掲載にあたり一部改訂]


このページのトップに戻る