聞き手:丹羽誠志郎
このインタビュー記事は、2000年3月のバッハ《ヨハネ受難曲》の演奏を前にして、指揮者の野中がインタビューに答えたものです。先に掲載した齊藤義雄・丹羽誠志郎のバッハ演奏に関するエッセイとともに、当団のバッハ、特にその大曲の演奏についてのあり方を模索する手掛かりとして企画されました。
−−−スコラ・カントールムの10周年記念コンサートの演目が J. S. バッハの《ヨハネ受難曲》に決まりました。記念演奏にこの曲を選んだ経緯について教えてください。
どうしても誤解されやすいと思うんですけど、私がバッハ好きだからといって、ぜひ10周年にはバッハの曲を演奏しようと決めていたわけではないのです。たしかに私は個人的にバッハ大好き人間ですけど、かといってグループの活動に自分の趣味を押し付けるようなことはいたしません。そもそも10周年だからといって特別なことをする必要はないわけですし、また何かするにしてもバッハ以外の候補曲がありました。たとえばモンテヴェルディの名曲《聖母マリアの夕べの祈り》です。しかし技術的な問題や編成、ご協力をいただける皆さまのことなど、いろいろな要素を考えに入れて、さらに団員の皆と話し合った結果、最終的に《ヨハネ》に決まったのです。この曲を選ぶきっかけは、趣味の問題というよりも、むしろめぐり合わせによるところが大でした。話は1997年にさかのぼります。福音史家を演じて下さるテノールの片野耕喜さんが帰国された際にお話する機会がありました。片野さんは久しく海外で活躍されているんですけど、2000年のちょうど私たちが記念コンサートを催すころに日本に来るらしいという話でした。酒席で話が盛り上がったこともあり、それならばぜひスコラ・カントールムの演奏会でも何か大きな役をやっていただきたいという話になりました。そうするうちに、《ヨハネ》の話が出たんです。アマチュア団体を運営する立場に立ちますと、共演していただける人たちと具体的な話をするチャンスを得るのは貴重なことです。片野さんが私たちのコンサートについて積極的に協力して下さるとおっしゃいました。本当にうれしいことです。そういうわけで、この曲が最有力候補になったのです。
−−−共演して下さる人たちについて、スコラ・カントールムは恵まれていますね。
その通りです。若くて実力のある演奏家のみなさんが、この小さなアマチュア団体のコンサートに参加して下さるのは本当にうれしい限りです。片野さんをはじめ、この前のコンサートの受難曲にも出演して下さった水越さん、イエスを担当していただく小原さん、また楽器の方ではチェロの諸岡さん、またオルガンの能登さんなど、実力派の皆さんが私たちのコンサートに参加して下さいます。これは本当にうれしく思います。自分たちのやっていることが、プロの音楽家の、その中でも強く問題意識をもっていらっしゃる方々に共感していただいているということは、この上ない喜びです。またそういう方々に支えられて今日のスコラ・カントールムの活動があると思っています。
−−−《ヨハネ》に決まったということで、さてどういう演奏をめざしますか?
今回は古楽器の皆さんに共演していただけることになりました。これは演奏のスタイルを考える上で大きな要因になります。古楽器を使う演奏では、特に弦楽器で音の立ち上がりがよいということもあり、しばしばその特性を活かすためでしょうか、妙にテンポが速くなることがあります。そういうとき、歌、特に合唱がかかわると、もう細かいメリスマなどはほとんど演奏不能になってしまうことがあります。《ヨハネ》では合唱が音楽の中心的な役割を果たしますから、これではいけないと思います。まだ具体的に音楽のイメージがわくというほど練習が進んでいませんけど、私としては歌を中心に考えてエキサイティングなものにしたいと思います。それと同時に、これは前のテーゼと矛盾しないと思いますけど、「受難曲」という内容を活かしたいと思います。確かに名曲です。まったり美しく演奏することは可能です。実際に有名なグループがそういう録音を残しているケースもあります。しかし私としては、そこまで耽美的にゆかないつもりです。何ていいましょうか、「切ったら血が出る」というようなリアリティがほしいんです。宗教的情熱があるかないかという問題は別にして、この音楽がもつ宗教性を理解し、受難物語として痛く苦しいものとして演奏したいと思います。
−−−何か「秘策」はありますか?
ない、と言ってよいでしょう。アマチュアの合唱団で、技術水準には限りがあります。あえてそれを武器するというか、むしろアマチュアならではのものをめざしたいですね。音を小さくまとめない、と言いましょうか。歌だけでなく、楽器の方もあまりスッキリまとめてしまわない方がいいでしょう。古楽器のアンサンブルっていうと、妙に清潔というか、澄んだ音色で、ビブラートを抑えて、ふんわりと音をまとめるスタイルが多いようです。そこに30人ぐらいのアマチュア合唱団が加わっても、いい効果は得られないと思います。一昔前ですと30人の合唱団といえば小規模と思われましたけど、最近ではやや大規模だと考えられますね。こんな話をすると年代がばれてしまいますが、バッハの演奏で私がもっとも影響を受けたのはカール・リヒターでした。今となっては、見当違いな演奏だと思われるでしょうし、また私だってあの演奏スタイルを今もう一度やってみようとは思いません。ただ彼の演奏にある「ほとばしる精神性」みたいなものには、今でも共感をもちます。抽象的な言い方ですけど、そういうものの感じられる演奏をめざしたいと思っています。
−−−今度は野中裕とバッハとの出会いについて個人的なことを聞かせて下さい。
[1999年7月、2001年9月再掲載]