主宰者(指揮者)ご挨拶


夏が終わろうとしていますが、今年は例年になく「夏らしい暑さ」を感じないままになりそうです。確かに暑いことは暑いのですが、蒸し暑さの方が先に立ち、どうもすっきりとしません。今私は少し遅い夏休みをいただいていますが、今日も天気は途中から曇りがちです。そんなわけで、何をするにも気分的に中途半端な気がしてしまって困ります。しかし、天候を言い訳にしても仕方がありません。「だらけずに頑張れよ」と自分に言い聞かせる日々が続きます。

そうしているうちに、出産・子育て支援イベント「多摩らんなぁ」への出演が近づいてまいりました。これは9月3日日曜日に行われる催しで、「多摩で活動する助産婦とママたちによる企画」なのだそうです。この中で、「パパ・お産を語る〜東京出産物語〜」と題した鼎談が行われます。漫画家の江川達也氏、ファウンズ産婦人科病院長の土屋清志氏、そして助産婦の方による「異色のコラボレーション」です。その雰囲気を盛り上げるため、妊婦の皆さんや子供さん連れの方にも聴いて楽しんでいただく「ヒーリングミュージック」という位置づけで、私たちが出演することになりました。演奏する曲は、昨年の第5回特別演奏会にも歌ったジョスカン・デ・プレの「祝されたり、天の女王」と次の定期演奏会で取り上げるロバート・ホワイトの「主が悩みの日にあなたに答え」です。ジョスカンは彼にしては相当珍しい、明るく屈託のない書法によっており、理屈抜きに楽しんでいただけると思います。ホワイトのほうは、少声部間での模倣で始まりますが、次第に声部と密集度を増していき、最後は「アーメン」の圧倒的な厚い響きが空間を満たして終わります。ともに、子供連れで(泣き、叫ばれても?)気軽に聴いていただける曲を選んだつもりです。どうぞご期待ください。

一時期、ルネサンスの無伴奏声楽曲や一部のバロック音楽、特にグレゴリオ聖歌が「ヒーリングミュージック」としてもてはやされた時期がありました。それは一過性のもので、ブームとしてはすぐに消え去ってしまいましたが、ピッチが性格で純正なハーモニーを作れた場合、無伴奏の声楽曲が疲れた心を癒してくれる存在であるのは間違いないようです。とりわけ模倣様式によるフランドル楽派の宗教曲は、ラテン語の柔らかい響きと曲のゆったりとした足どりで、私たちを現実から離し、夢の世界に連れて行くような効果を持っています。バッハの器楽的対位法や、マーラーやワーグナーの壮大な感動とは全然別種のものです。実際私も、勤務に疲れて帰ってきたとき、あるいは思わぬ休暇が得られた午後のひとときには、タリス・スコラーズによるルネサンスの宗教曲の名録音の数々を聴くことが多くあります。不思議なことに、私の場合、こうした音楽は突然脳髄に過去の記憶を蘇らせます。20年前、少年であった自分の姿が、懐かしい思い出とともに眼前に浮かんでくるのです。私は過去の記憶に浸りたいために音楽を聴いているわけではなく、一体どうしてこんなことが起こるのか、まるでわかりません。しかしこれが厳然たる事実であることは拒絶しようもありません。今回お出でいただく皆様にも、何らかの形で「一瞬の幸福」を味わっていただければ幸いです。そのために、残された少ない練習を充実した、かつ楽しいものにしなければ、と思っております。

「第4回 子産み・子育て 多摩らんなぁ」については、ホームページ

http://www.geocities.jp/tamaran_nar/をご覧ください。場所はくにたち市民芸術小ホールです。JR中央線国立駅からバスを利用するか、JR南武線の矢川駅または谷保駅から徒歩で10分程度です。10:00から17:00までいろいろなイベントが催されていますが、私たちの出番は12:30頃を予定しています。


2006年8月22日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


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