主宰者(指揮者)ご挨拶


またも多忙にかまけて更新を怠っている間に、はや6月となりました。3月の定期演奏会終了後、私たちは2008年度の活動計画について検討を加えておりました。今回はいくつもの候補曲、それもかなり野心的なプログラミングが多く、慎重な討議を重ねて参りましたが、ようやく全体の構想がまとまりましたのでご報告することに致します。

2008年度は、今のところ定期演奏会以外の活動は考えておりません。秋口に小さな演奏機会を持つのがここ数年の慣例となっておりますが、何らかのチャンスがあれば、是非前向きに考えるつもりです。しかし大枠で言えば、今年はじっくりと腰を据えて練習し、2009年3月28日の第19回定期演奏会に全力を傾けたいと思います。定期演奏会のプログラムはたったの2つです。まずひとつは、フランドル楽派の最後の栄光を担った音楽家、オルランドゥス・ラッスス(オルランド・ディ・ラッソ)の『白鳥の歌』となった、宗教的マドリガーレ《聖ペテロの涙》の全曲演奏です。

このような企画が過去に日本であったかどうか、私は寡聞にして存じません。しかしあったとしても極めて珍しいことであるのは確かです。この曲の主人公は、タイトルでおわかりのとおり、受難曲でおなじみのあのペテロです。イエスの受難の際、「たとえ死んでもあなたのそばを離れません」とまで言いながら、実際にはイエスが捕縛された後に「彼の弟子ではないのか?」と詰問されて、「そんな人は知らない」と3度までも否認した ―しかもそれはイエスの預言通りだった― そのペテロの心情、後悔、取り返しのつかない悲しみを、ルイージ・タンシッロというイタリアの詩人が1277節にもおよぶ詩で表現しました。これが《聖ペテロの涙》ですが、ラッススはこのうちの20節に作曲し、さらに21曲目として、ラテン語によるモテトゥス「見よ、人よ」を付け加えました。このラテン語詩はイエスの独白の形で書かれており、ペテロの裏切りに対する仮借のない言葉が綴られます。ラッススは、この曲集を聖なる数である「3」部構成にし、同じく聖数である「7」曲をもって1部とした、つまり聖数同士の3と7を掛け合わせた21曲にしております。そして全ての曲がSSAATTBの「7」声部からなっていることから見て、ラッススがこの曲に宗教的に特別な意味を持たせたことは間違いありません。この曲集は、憂鬱病に苦しみ、死を目前に控えたラッススが書いた傑作中の傑作、という評価を不動のものにしております。

ひとつひとつの曲は3分程度の短いものですが、21曲の全曲演奏を行いますと約70分を要します。容易ならぬ大曲であるのはもちろんです。しかし私たちはその上に、楽器による補強を一切行わず、全曲をア・カペラで通すというという大胆な挑戦を試みることになりました。楽器の有無については、どちらが正しいとか間違っているという問題ではないようですが、ここは合唱団としての意地の張りどころです。これだけの大曲をア・カペラで通すことは、合唱団実力飛躍の貴重な一里塚となることは間違いありません。でもそうした技術的錬磨の問題だけでなく、私はおそらく日本で滅多に実現できないであろう企画を、合唱団全員の力で成し遂げようとする姿勢を大事にしたいと思います。ラッススは、完全に自家薬籠中のものとした対位法の技術を縦横に用いて、奇を衒わず、美しく、そして万華鏡のように変化する音楽によって、ペテロの悔恨を余すところなく描き切りました。合唱団が手を抜かず、性根を据えて1年間練習に励んだなら、必ずやその努力に報いてくれる作品であると信じます。皆様、どうぞご期待ください。

もうひとつのステージは、1998年以来10年以上を隔てての再演となる、ヘンデルの《主は言われた Dixit Dominus》HWV232です。このヘンデル若き日の傑作中の傑作については、また後ほど詳しくお話しすることと致します。客演の皆様も少しずつ決まりはじめております。10年前にも増して充実したステージとなるよう、しっかり練習したいと思います。

新年度を迎えて何人かの新団員も加わり、団員一同新たな気持ちで、初心を忘れずに活動して参りたいと思います。どうぞ皆様、倍旧のご指導とご支援をお願い申し上げます。


2008年6月3日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


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