主宰者(指揮者)ご挨拶


東京では、連日猛暑が続いております。世間を震撼とさせる事件が多発したり、北の大地では地震が連続したりと、どうにも明るい話題に乏しいこの頃です。この国の行方に暗澹たる思いを抱きながらも、日々は足早に過ぎ去って参ります。私たちが歌い続けることにどのような意義があるのか、を問い返さなければならないような気も致しますが、毎週仲間が揃って、いにしえの時代に鳴り響いた素晴らしい歌をともに歌うという幸せをかみしめ、一回の練習を充実したかけがえのない時間にしていければ、それがそのまま答えになっていると信じたいような、そんな心境です。

今年は秋にまとまった演奏会の予定がないので、曲目決定からの3ヶ月間を、ラッススの「聖ペテロの涙」の譜読みにすべて充ててきました。21曲すべての譜読みが完了したのは7月に入ってからです。ゆっくりと練習したのはもちろんですが、今回は団員の歌うパートをあらかじめ指定しなかったこともその原因です。「聖ペテロの涙」は以前にも書きましたように、全曲がSSAATTBの7声部からなっております。バス・パートを除いて、全員が2つのセクションを必ず譜読みしましたから、実質は42曲分の譜読みをしたことになります。これはなかなかつらい作業ですが、一つのパートを歌って曲の印象をつかみますと、他のパートもかなりすっと体にしみこんでくるものです。こうして、各自が少しでも曲の構造を把握することを目指すとともに、練習の時、臨機応変にパートを入れ替えてバランスよく歌うという効果も狙ったのです。これは、私の発案ではありません。団員から「これだけの覚悟を持って取り組むわけだから、譜読みが二倍になる苦労を厭うてはいけない」という声が出て、全員がそれに同意したためです。毎度のことですが、私は団員に恵まれている、とつくづく感じます。私も、極力テノールやアルトのパートを一緒に歌わせてもらっています。本番で実際に歌うわけではありませんが、歌い手の感覚をつかみ、曲の全体像を構築する助けにしようと思ったからです。

歌ってみますと、この曲集が本当に力作であり、円熟の極みを示した作品であることがよくわかります。控えめに、しかし的確に使われるマドリガリズムは、歌ってみて初めてその必然性がよくわかります。単に聴くだけではわからなかった魅力が、歌うことによって実感を伴って理解できるのです。テンポの取り方は緩急いずれも考えられますが、曲ごとの相対的なテンポの差は、曲想によってはっきりと示されているように思います。昨今主流の演奏法では、少人数のアンサンブルに楽器を入れるものが多いですが、その場合には世俗マドリガーレのようにテンポを速めに取り、マドリガリズムを強調する表現を行ってもよいでしょう。しかし、ある程度の人数を擁した合唱で演奏する際には、7声が織りなすマッシヴな和声の魅力が大変大きくなります。実際、まだまだ「楽譜を音にしているだけ」の段階の練習でも、終結和音に向かう緊張感と和声連結の妙は十分楽しめます。これがきっかけで「歌ってみたら楽しくなってきた」という団員も多くいるようです。

ラッススがフランドル楽派の最後を飾る大作曲家であることは周知の事実ですが、彼の曲は教会旋法の中にとどまりつつも、もはや機能和声的に考えた連結や一種の「転調」の妙味を伺わせるものが大半です。私にとっては(一般的にそうだと思いますが)同時代のパレストリーナの作風が「横」(旋律的対位法)の調和の結果として生じる「縦」(和声)だったのに対して、ラッススは圧倒的に「縦そのもの」が魅力的なのです。合唱団として、この特性を十分にお伝えできる演奏を目指していくことが、今後の一つの目標になると感じます。

スコラ・カントールムは8月2日の練習で前期の日程を終え、恒例の夏休みに入ります。後期は8月23日開始です。この夏の期間中、団員達は思い思いに、普段のスコラ・カントールムの活動では得られない音楽的な刺激を受けてくることでしょう。私も、演奏曲に関する勉強に励みたいと思います。暑い夏が続きます。どうぞ皆様お体には十分ご注意ください。


2008年7月25日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


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