主宰者(指揮者)ご挨拶


すっかり秋も深まりました。ホームページの更新がなかなか思うに任せないまま、あっという間に時間は過ぎてまいります。21世紀に入ってから10年目がもうすぐそこ、とは信じられない話です。ついこの間、ミレニアムだのバッハ没後250年だのと言っていた気がするのですが、気がついてみればそれも一昔前のことになりつつあります。私たちはこの間も変わらぬペースで、変わらぬ活動を続けてくることができましたが、この間に起こったさまざまな出来事を思い返してみるとき、そのこと自体が稀に見る僥倖、という実感を抑えることができません。

私たちが今度のクリスマス・コンサートで演奏するような古い時代の音楽、つまり15世紀から16世紀にかけての音楽は、20世紀の半ば頃まで体系だって紹介されることはほとんどありませんでした。そうした音楽に飢えていた人々を癒したのは、アマチュアないしそれに近い活動をしていた人々の演奏であったり、レコードの録音だったりしたわけです。古楽を体系的な形で録音していったレーベルはいくつかありましたが、テレフンケンの「ダス・アルテ・ヴェルク」シリーズと、グラモフォンの「アルヒーフ」プロダクションが双璧であったことは衆目の一致するところでしょう。とりわけ「アルヒーフ」の(マニア好みの)学究的な姿勢と、質量共に充実したラインナップは若い頃の私にとって憧れであり、カール・リヒターの一連の録音や、プロ・カンツィオーネ・アンティクァによる、ルネサンス時代のモテトゥスやミサのシリーズには、充実した日本語解説を含めて、一種の威厳と格式を感じたものです。

ところが、アルヒーフはこのところ目立った活動を行っていません。日本での発売元も、業界再編によって「ポリドール」から「ユニバーサル・ミュージック」に変わりました。私が愛聴していたマリー・クレール・アランのレコードはエラートから出ていましたが、エラート自体がクラシックからの大幅な撤退を余儀なくされています。トン・コープマンがエラートで完成を目指していた「バッハ・カンタータ全集」が途中で中断され、コープマン自身が大変な散財をして権利を買い取り、「チャレンジ・クラシック」という独自のレーベルで完結させたのは有名な話です。今、古楽の世界を動かしているのが、いわゆる「マイナーレーベル」であることは厳然たる事実です。そもそも、作ろうと思えば高品質高音質のCDがアマチュアにも手軽に作れ、インターネットで流布できるような時代になっています。大学生の頃あれだけ苦労して手に入れた楽譜が、ネット上では一瞬にして、無料で手にはいるのです。それと歩調を合わせるように、古楽の演奏機会と演奏人口は飛躍的な増加の一途をたどってきました。その中で、人の離合集散も数え切れないほど繰り返されてきたことでしょう。鴨長明ではないですが、「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と口にしたくなるような、大きな時代のうねりを感じます。

こうした中で20年の歴史を積み重ねることができる団体というのは、大変な幸運に恵まれているのだと思います。今回も12月に2回の演奏会を持つことができましたが、これはひとえにオルガニストの今井奈緒子さんの御支援によるものです。今井さんと最初に共演させていただいたのは、2001年に行った第1回目のクリスマス・コンサートでした。この時以来、今井さんには大変お忙しい中、時間を割いて私たちとの共演を重ねていただいております。また今回もオルガンをご提供いただく石井賢さんは、私の大学での合唱団の大先輩にあたる方で、いつも「仕事」の域を超えた愛情で当団を見守っていただいています。このような、貴重な「人との出会い」がなければ、非力な合唱団は致命的な危機に襲われることもたびたびだったでしょう。

「クリスマス・コンサート」の練習も佳境に入りました。今回特集するスウェーリンクのモテットは、単純ゆえに工夫のしがいがあり、練れば練るほど演奏効果も高くなる、という手強い曲が多くあります。残された時間が少なくなってきましたが、最後まで真摯に取り組んで、最善の表現を探っていきたいと思います。どうぞ皆様12月半ばの日曜日、お忙しいこととは思いますが、2日のうちいずれかに足をお運びいただければ幸いでございます。

相変わらず、私の周りでもインフルエンザの話が絶えません。どうぞ皆様もお体をお大事に。


2009年10月23日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


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