主宰者(指揮者)ご挨拶


昨日東京には雪が降りました。この時期の降雪は約40年ぶりの珍事ということです。桜もおおかた散ったというのに、いつまでも冬の気分が抜けない日が続きます。私たちも、3月に行われた第19回定期演奏会の録音を聴いて反省と今後の展望を見定めているのですが、その余韻も覚めやらぬまま、新年度の活動がスタートしております。昨年度は大きな楽器編成とソリストを必要とした「ミサ曲ロ短調」の他に、クリスマス・コンサート2公演というかなりハードなスケジュールだったのですが、今年度はやや落ち着いて合唱団の力を蓄えることに致しました。現在の予定では2011年2月13日(日)の第20回定期演奏会を目標として、それ以外の演奏会は組んでおりません。演奏する曲も、合唱団の力だけである程度勝負することになる、滋味の溢れた名曲を選びました。現在決定しているのは、ヨハン・セバスティアン・バッハのモテット「イエスよ、わが喜び」BWV227と、ドメニコ・スカルラッティ畢生の名作「スタバート・マーテル」です。

バッハの作品は2年連続で取り上げることになりますが、今回は基本的にア・カペラ様式で書かれている「モテット」です。演奏様式上、完全に人の声だけで演奏することは好ましくありませんので、通奏低音を伴奏として付けます。ただ、よく行われる「コラ・パルテ」(楽器によって声楽の各パートを重複して演奏する)は採用しません。私たちがモテットを演奏するときはいつもこのような「通奏低音のみ」の演奏法を採るのですが、それは合唱団としての力を最大限に発揮し、声の力で勝負する音楽を作りたいからです。楽器の重複があれば合唱団は音程が取りやすくなり、音楽の色彩も飛躍的に増してきます。しかしそうした利点は理解しつつも、私たちは合唱団としての実力伸長、声だけによる音色とニュアンスを大切にしようと考えています。

今までにバッハのモテットは3曲歌ってきました。「主に向かいて新しき歌をうたえ」BWV225、「御霊はわれらが弱きを助けたもう」BWV226、そしてこの「イエスよ、わが喜び」です。BWV225とBWV226はSATBの二重合唱ですが、「イエスよ、わが喜び」はソプラノが2声部に分かれた5声部で書かれています。この曲を、何と15年ぶりに再演するということになったのです。前回の演奏会も2月、雪の降る中で行われたのですが、その記憶は鮮やかすぎるほどで、あれから15年の月日が経っているということがどうしても信じられません。当時は合唱団の方向性を定める意味でいくつかの試行錯誤をしていた時期で、団員の中では「この合唱団でバッハを演奏するということ」の意義について、様々な意見が飛び交っていました。そんな中で行われた第5回定期演奏会の締めくくりに演奏したのが、「イエスよ、わが喜び」でした。当時の録音を今聴くともちろん欠点ばかりが耳に付くのですが、しかし確実に私たちの活動の初期における頂点となった演奏であることは間違いありません。団員それぞれに思いはあろうとも、バッハの書いた音楽によって、その意識がひとつにまとまり、燃焼するという得難い体験をしたのです。このような感動は、そうそう体験できるものではありません。

現在では、当時を知る団員も少なくなりました。私の個人的な思い入れは別として、今は他のパートに比べてソプラノが人数的に充実していますので、それを最大限に活かすチャンスということで、久々のチャレンジをすることにしたのです。私のこの曲に対するアプローチがそんなに変化するとは思いませんが、演奏会当日はおそらく、15年前とは相当異なった響きがすることでしょう。重ねた経験が惰性となるのではなく、自分でも予測できない、自由な飛翔に向かって作用するよう、日々の練習に力を投じたいと思います。

さてもう一曲の「スタバート・マーテル」ですが、これはソプラノが4声部、他パートが2声部ずつに分かれた合計10声部からなる大曲で、ドメニコ・スカルラッティの宗教曲を代表する大作です。この曲を是非演奏したいという声は昔からあったのですが、ソプラノを4つに分けるという特殊事情の前に、どうしても尻込みをしていたのです。これもパートの構成比から考えて、今が絶好の機会であることは間違いありません。「ミサ曲ロ短調」で培った技術と経験がどう生かされるのか、私自身楽しみにしております。この曲については、当ホームページでまた申し述べる機会も多いと思います。

新しい年度をいつもと変わりなく始められたのは、当たり前のようでいて実はとても貴重なことなのだと思います。私たちを支えてくださるすべての方に感謝しつつ、2010年度の出発を御報告してご挨拶に代えさせていただきます。そして本年度も変わらぬ御指導御鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げます。


2010年4月18日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


このページのトップに戻る