またまた前回のご挨拶から大変な間隔があいてしまいました。日頃の筆不精をただお詫び申し上げるのみです。稀に見る猛暑が終わってやっと秋らしくなりましたが、この夏は私にとって「やるべきこと、こなさなければならないこと」に追われ、気候の上のみでなく、精神的にも非常に暑い夏を送っておりました。忙しいのは感謝すべきことなのでしょうが、秋を迎えると同時に幾許かの疲れを感じているのも否めないところです。
様々な仕事に追われているうちに、国際基督教大学クリスマス・コンサートが少しずつ近づいてきています。共演していただく波多野睦美さんには、このコンサートで演奏する《メサイア》の「シオンに良い知らせを伝える者よ」をレッスンしていただきました。普段の練習ではどうしても手薄になってしまう英語の発音について、集中的にかなり突っ込んだご指導を頂戴しました。この場を借りて波多野さんに厚く御礼を申し上げるとともに、その内容を本番に生かしきらなくては、と思いを新たにしております。
このコンサートで私たちが歌う曲は、ガブリエリ、シュッツ、バッハ(2名)、ヘンデルのクリスマス向け宗教曲です。「バッハ(2名)とは何なのだろう」と思った方も多いのではないでしょうか。もちろん、このうちの一人はヨハン・セバスティアンです。彼のカンタータ第64番《見よ、神の示したもう愛のいかなるかを》を、波多野睦美さんのアルト、今井奈緒子さんのオルガンでお届けいたします。この曲は、一般的にイメージされるクリスマスの曲とは一線を画しております。華やかなトランペットやティンパニ、ホルンといった楽器は意図的に排除されており、むしろ冒頭の古風なモテット風合唱曲、三回も登場する単純コラールが全曲の中心となります。アリアを伴奏する器楽も超絶技巧的ではなく、素朴で地味な味わいが致します。こうした措置は、もちろんバッハの歌詞を読みぬく慧眼にあります。「イエスという宝を得たのだから、他の地上の宝はもういらない」という内容を表すのに、どうして華美な音楽が必要でしょうか。今回はアリアとレチタティーヴォ1曲ずつを割愛しなければなりませんが、その他の曲は以上述べたような理由から、オルガンだけの伴奏でも十分な効果が得られます。このように目立たないながらも愛すべき佳作を取り上げる機会を与えていただいたこと、それを当代切っての名手との共演で実現できることを、心から感謝したいと思います。
さてもう一人のバッハとは誰なのかですが、これは残念ながら確定のしようがない、というのが現状です。私たちの使用する楽譜を校定したペーター・ヴォルニーは、真の作曲者が大バッハの叔父にあたるヨハン・クリストフ・バッハであろうと推測しています。校定報告を読む限り、それは状況証拠の積み重ねとかなり大胆な推論に基づくもので、私としてはあまり納得がいっていません。しかし残された音楽は創意に満ちた素晴らしいものです。今から15年ほど前にバッハ・コレギウム・ジャパンがクリスマス・コンサートでこの曲を演奏したときに、私はプログラムの解説を担当したご縁で拝聴させていただいたのですが、それ以来、いつかはこの曲を演奏してみたい、とチャンスをうかがっておりました。
この曲のどのあたりに作曲者の創意が隠されているのか、は聴いてのお楽しみというところですが、この曲を練習し始めた団員たち(もちろん私も含みます)が、口を揃えて「変な曲だなあ」という感想を漏らしております。当然、この場合の「変」は「面白い」という意味です。技法的にはコラール編曲の範疇に入りますが、複雑な対位法の使用を避け、二重合唱による対話形式を重視しています。従って同じフレーズの反復が多いのですが、それでいて聴く者を飽きさせないのは、何といってもその奇抜なモティーフによります。音階を駆け上り駆け下り、執拗な同音反復を繰り返し、挙句の果てには長大なトリルまでが要求されるのです。私たちの力でどこまでこの素朴さと面白さが伝わりますか、ご期待いただきたいと思います。
この他にも、波多野さんと今井さんによる、華麗なソロのステージがございます。チケットは、すでに大学等で発売されております。詳細を「コンサートのお知らせ・今後の活動予定など」のページに掲載いたしましたので、どうぞご覧ください。12月12日日曜日には、是非東京・三鷹の国際基督教大学礼拝堂に足をお運びくださいますよう、お願い申し上げます。