主宰者(指揮者)ご挨拶


いつの間にか時は流れ、街は夏の装いの準備に余念がありません。この夏は、あらゆる意味で「暑い」あるいは「熱い」夏になりそうです。世の中は節電の掛け声一色となっていますが、冷房の効き過ぎが取りざたされていた昨年にまでに比べて、なにやら幼い頃の夏を思い出して「これも悪くない」と思ってしまうのは年齢のなせる業でしょうか。被災地の方の苦闘がまだまだ続く中で、私たちはほとんど日常の生活を取り戻しています。こうした運命については、何と申し上げてよいかもわかりません。スコラ・カントールムの活動も、4月以来例年のペースを守って行っております。とにかく、歌えること、音楽ができることの幸せを噛みしめて、先に進んでいくより他にないのでしょう。

今年度の活動は、2012年3月18日に行われる第21回定期演奏会をメインに据えております。それ以外の大きな発表の機会などは、今のところ考えておりません。じっくりとした練習を経て、皆様にご満足いただけるステージを作ろうと思っております。前回この欄でも予告しましたように、この演奏会ではバッハのモテットを特集致します。今回は名作の誉れ高いBWV225・229に加えて、演奏頻度はこの2曲を凌ぐほどでありながら、常に「偽作説」がつきまとうBWV230《主を誉めまつれ、もろもろの異邦人よ》を取り上げることに致しました。独立した通奏低音がつき、編成がカンタータと同じ4声しかないという点がまずバッハのモテットしては異質です。資料的にも、バッハの作品であることを証拠立てる要素には全く欠けております。しかしその音楽はかなり練られた技巧によっており、バッハの真作であろうとなかろうと、やはり人の心を捉えるインパクトを持った作品だと思います。他のモテットに比べて、演奏技術の難度がやや低いことも、この曲の人気を増している理由でしょう。しかし実際に演奏会にかけるとなると、やはり一筋縄では参りません。心して練習していこうと思います。

そして最大のセールス・ポイントは、第19回定期演奏会と同様に「滅多に生で聴けないラッススの大作をお届けする」ことです。今回は「シビラの預言」「5声のレクイエム」の二本立てで、演奏時間は約1時間に及びます。実は現在のスコラ・カントールムの陣容を考えますと、アルトやテノールを二つに分ける必要のあるこれらの曲はあまり有利とは申せません。それでもこの2曲を演奏することに決めたのは、何と言っても「曲の素晴らしさ」です。執拗な半音階で全編を通しきった「シビラの預言」は、その名前はかなり有名で、録音もかなり多数に上っております。しかしスピーカーやイヤホンを通して聴いたのでは絶対にわからない魅力、つまり演奏のその場に会して、歌手と聴衆とが「共時的に」演奏を体験することによってしかわからない魅力があるということを、私たちは練習で確実に感じ取ることが出来たのです。また「5声のレクイエム」は私にとって因縁の曲で、学生時代にこの曲の素晴らしさを教えられ、何とか演奏会のプログラムにしたい、という声があったのを「技術的に危険」という理由で却下してしまったことがあるのです。それ以来23年の月日がたち、また団員から「是非」と言われたときは、今回も正直言って戸惑いがありました。編成的に無理がある今、果たしてうまくいくのだろうか、と。しかし実際に練習で声を出してみたとき、予想以上の、あまりにも豊穣な音楽世界が広がったことで、まず団員の心ががっちりと捉えられてしまいました。そうなってしまえば、私の危惧は乗り越えられることが可能な技術的問題のみに収斂します。こうして、今回も野心的な、当団でなければ実現が難しいのではないか、と思われるユニークなプログラムを組むことができたのです。

こうした経緯一つをとってみても、当団は団員に恵まれた合唱団なのだという思いを強く致します。これが気合いの空回りに終わらないようにするのは私の務めです。冷静に、しかしこの「熱い思い」を確実に受け止めて、一期一会の演奏会でしか表現し得ない音楽を求めて精進していこうと思います。暑い夏、どうか皆様もお元気でお過ごしください。


2011年7月2日
スコラ・カントールム代表
野中  裕


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