皆様連休はいかがお過ごしでしょうか。私は先週行われた「《マタイ受難曲》プレ・コンサート」の重圧から解き放たれ、久々に少し心休まる休日を楽しんでおります。「重圧」などと書くと大袈裟のように見えますが、今回は私自身がかなり無理をしなければならない企画だったことに加えて、この試みが果たしてお聴きいただく皆様に受け入れていただけるのかどうかが問題で、「どきどきしながら試験を待つ学生の気分」を、久々に味わったような気がします。
第一の問題は、「聖句とコラール」のみを抜萃して、たった1台のポジティーフオルガンの伴奏で歌うという企画そのものです。レチタティーヴォとアリアがないので、オブリガート楽器の魅力が減衰するということは起こらないのですが、省察はコラールだけで、受難劇が「一直線に進んで」いくような印象を与えるため、あまりにも起伏に乏しい演奏会になるのではないかという危惧がありました。
結論から申し上げますと、この危惧は杞憂に終わったようです。やはりバッハの音楽の力は偉大だ、ということを感じさせられました。オルガンの音色だけでも、群衆合唱のヒートアップは十分に伝わったというご意見を多く頂戴することができました。それに加えて、今回の形にすることで「受難曲の骨格がよく見え、純粋にストーリーを追うことができた」というご感想も多くいただけたのです。やはり受難曲の基本は福音書記事にあり、それにいかに誠実に対峙するかという作曲姿勢が、時空を超えて私たちに訴えかけるのでしょう。自由詩部分を除いても、この演奏会には正味約1時間50分を要しました。その間、もし演奏会に必要な緊張感が持続していたのだとすれば、それは演奏者の(アマチュアなりの、あるいはアマチュアゆえの)熱演もさることながら、やはりバッハの持つ音楽技法の、根本的なところにある豊穣さによるものです。当日のアンケートの中に「ハインリヒ・シュッツの無伴奏による《マタイ受難曲》を彷彿とさせる」というご感想がありましたが、これぞ我が意を得たり、という気持ちを抑えることができません。
第二の問題は、二群に分かれる合唱団の配列です。今回のようにオルガン1台の伴奏では、どんなに二つの合唱団の配置を離してみても、そこから生まれる「ステレオ効果」には限りがあります。さらに今回の神田キリスト教会にしても、7月の石橋メモリアルホールにしても、完全にステレオ効果を引き出すほどの間口を持っていません。また《マタイ受難曲》の二重合唱の機能の仕方は特殊で、バッハの指示に忠実に従えば、「合唱が暇を持て余した上に、片肺飛行のような音楽を聴かせる」部分が多く発生するのです。この辺の事情については、当日のプログラム解説を「2014年4月26日《マタイ受難曲》プレ・コンサートのページ」に掲載しましたのでご参照いただければ幸いです。そこで今回は二群の合唱体をわざと「ごちゃ混ぜ」にした上、パートもばらばらにして配置しました。これに関しても厳しいご批判を覚悟していたのですが、「それぞれのパートが混じり合うことで、群衆合唱の場面では殊に効果的だった」というご意見が圧倒的でした。これから7月に向けてさらに検討は必要ですが、おそらく「平等に分割された二つの合唱体を、左右に離して配置する」という形は採用しません。本番でどのようになるか、ご期待いただければ幸いです。
今回のプレ・コンサートで懸案とした事項はおおむねご好評をいただくことができ、ほっと胸をなで下ろすことができました。しかしそれ以上に、この演奏会で得たものは大きかったと思います。まず一つは、多くの皆様に関心を持って聴いていただき、積極的なご批判をいただけたことです。特別な宣伝をしたわけではないのですが、当日は約200名のご来場をいただき、立ち見をお願いしたり、残念ながら入場を諦めていただく方も出るほどの盛況でした。そして54枚(入場者全体の約30%)ものアンケートが集まり、こちらからお願いした4つの観点に対して、丁寧なご意見をお書きいただいたのです。この演奏会の第一義的な目的は「団員のおさらい会に対するご批評をいただき、7月の本番に備える」ことでしたから、その目標は十二分に達成できたことになります。
もう一つは、この演奏会に参加したメンバー37名の団結力が飛躍的に高まったことです。1年間およぶ練習の中締めですから、出来具合を気にするなと言うのが無理というもので、今回の経験を通してさらに団員の意識が高まったことは確実だと思います。またお越しいただいた方にはおわかりのとおり、ソリストも団員から出し、パンフレットも手作り、入場無料という演奏会でしたから、団員が「全員協力して造り上げた」という感覚が非常に大きな企画だったのです。今回一番の重労働を担い、見事にそれをやってのけたのは、指揮者や歌い手ではなく、間違いなく練習ピアニスト・オルガニストの押野見真理であったと思います。彼女は合唱団の一員として、すでにかけがえのない存在なのです。またソリストをお願いした団員には相当な緊張を強いたでしょうし、運営面で献身的に動いてくれた団員も多数おります。「プレ・コンサートのページ」にその記録を掲載したのは、この演奏会の目的と結果を確認するとともに、久しぶりに「みんなで手作り」した熱い感覚を忘れないためです(当日のパンフレットのミスを訂正するという目的もありますが……。特に、ソプラノソリストの簗田絢子の「簗」の字を間違って掲載したことについて、本人含め皆様にお詫び申し上げます)。このまま行けば、7月の本番ではベテラン・若手、古くからの団員と、この「マタイ」から参加している団員とが完全に融和した、統一感の取れた合唱をお聴かせすることができそうです。どうかご期待いただきたいと思います。
ご来場いただいた方々お一人お一人と、この演奏会の開催に関してご尽力くださった皆様、特にポジティーフオルガンの提供と調律でいつもお世話になっている石井賢さんと、神田キリスト教会の皆様に厚く感謝の意を表して、今回のご挨拶と致します。
2014年5月4日
スコラ・カントールム代表
野中 裕