主宰者(指揮者)ご挨拶


第24回定期演奏会まで、あと2ヶ月を切りました。おかげさまで練習は順調に行われ、最近は確かな手応えを感じる場面も多くなって参りました。手がけたことのある曲を、もう一度納得のいくように繰り返して練習することの楽しさを味わっております。残された時間はあとわずかですが、最後の最後まで粘りきって、細部を詰めていく作業を怠らないようにしたいと思っております。

さて今回はメンデルスゾーンの作品78を全曲演奏致しますが、カールス出版社の最新の楽譜を使っての演奏になるということは、以前にこのご挨拶でも申し述べたかと思います。第1曲と第2曲には2つの稿が存在するのですが、どちらを用いて演奏するかについて、ここで少し補足的にご報告しておきます。

結論から申し上げますと、どちらも今まで「ペータース版」や「カールス旧版」で親しまれてきた稿をそのまま演奏致します。第1曲「なにゆえに地上の王たちは逆らい」は、今回の版で「改訂稿」とされているものを演奏します。「初稿」はオルガン伴奏を念頭に置いているため、今回の私たちのコンセプトには合致しないからです。また第2曲は今回の版で「初稿」とされているもののうち、ドクソロジー(いわゆる「グローリア・パトリ」)の部分を除いて演奏しますが、これが先ほど申し上げたように今までの標準的な版と完全に一致するのです。

せっかく今回の楽譜には第2曲の「改訂稿」が掲載されているのだから、「そちらを演奏してみよう」という誘惑にかられることが、正直に申し上げて、私には何度かありました。しかしこの改訂稿を試しに歌ってみた時の団員の反応、そして聴いていた私の印象は、ともに「?」という符号がふさわしいものでした。リズムも旋律も単純化され、初稿の「熱気」のようなものがすべて削ぎ取られてしまっています。後半の「神を待ち望め」の部分の男声四部合唱は極端に音域が高く、そこだけが全体の中で不釣り合いなほどに高圧的に響くのです。資料的には確かに面白いかも知れないけれど、やはり私たちは充実した音楽を採用したい。そんなわけで、珍しい存在の「改訂稿」はまた別の機会に取っておこうという結論になりました。

また今回の「カールス新版」には、第2曲にドクソロジーがついています。「初稿」「改訂稿」ともにほぼ同じ音楽なのですが、最後の11小節だけが違います。そしてこのドクソロジーは、驚くべきことに彼のモテット「全地よ、主を誉め称えよ」作品69の2のドクソロジーとして知られているものなのです。校訂者はこれが本来作品78の2に属するものだとして付け加えたらしいのですが、150年以上にわたって親しまれた出版譜による演奏には、時の流れに耐えた一定の権威があります。このドクソロジーは、どう演奏しても「なくもがな」の感を免れません。

最新の校訂版を使いながら、結局は今までの楽譜と全く同じ演奏、というのは何か間の抜けた話のような気もしますが、新しい版が現れたとき、それが音楽的にどのような効果をもたらすかを熟慮もせずに、すぐに飛びつくというのも考えものです。私は最終的に「優れたほうの音楽を練習して、より充実した演奏会を開くのだ」という決断を下したわけですが、これを皆様に認めていただくためには、演奏会の中身が「音楽として」ご満足いただけるものでなくてはならないのは当然です。身の引き締まる思いが致します。7月18日には一人でも多くの方に、私たちの「選び取った音楽」に耳を傾けていただければ幸いに存じます。


2015年5月25日
スコラ・カントールム代表
野中  裕

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